エピゲノムと疾患

がんには遺伝子の突然変異に加えて、エピゲノムの異常が深く関わっています。さらに、最近は、腎臓・代謝疾患、精神・神経疾患、アレルギー・免疫疾患、産婦人科疾患など、さまざまな疾患にもエピゲノムの異常が関わるらしいことがわかってきています。現在、細胞のエピジェネティックな状態—DNAのメチル化やヒストン蛋白質のメチル化・アセチル化—は、高い精度で解析できるようなっており、患者さんのエピゲノムを調べて診断に利用したり、エピゲノムの異常を元に戻す薬で病気を治療する研究が進められています。

がんとエピゲノム

 日本人の死因で最も多いがん。一般的にがんは、細胞のがん化をコントロールする遺伝子(がん遺伝子とがん抑制遺伝子)に起きた塩基配列の異常が原因となり、発生すると考えられています。
 遺伝子の塩基配列の異常を突然変異といい、配列が部分的に変化し正常なタンパク質がつくられなくなる小さな突然変異(図1-A)や、遺伝子が丸ごと染色体から抜け落ちてタンパク質が全くつくられなくなる欠失(図1-B)などがあります。しかしこの十数年、たとえ突然変異を伴わなくとも、DNAメチル化(図1-C)やヒストン蛋白質の脱アセチル化など細胞に起きたエピジェネティックな異常が原因となり、がんが発生している場合もあることがわかってきています。実は多くのがんでは、エピジェネティック異常と突然変異の双方が段階的に積み重なることで発生している(図2)と考えられます。


図1:がん化に関わる遺伝子に異常が起こる3つの経路
(A:小さな突然変異 B:遺伝子の欠失 C:遺伝子のプロモーター領域CpGアイランド*のDNAメチル化)


図2:突然変異とエピジェネティック異常による多段階発がん

プロモーター領域CpGアイランド*:
遺伝子の上流で遺伝子の転写の制御を行っている部分をプロモーター領域という。ヒトを含むほ乳類のゲノム中には、シトシン塩基(C)の次にグアニン塩基(G)がくる2塩基配列(ジヌクレオチド) が高い頻度で出現する領域があることがわかっており、これをCpGアイランドという。プロモーター領域にあるCpGアイランドのシトシン塩基がメチル基で化学修飾されると、プロモーターは不活性となり下流の遺伝子の転写が抑制される。

胃がん

ピロリ菌感染による慢性炎症が続くと、胃粘膜の細胞にDNAメチル化異常が誘発されます。DNAメチル化異常が蓄積すると発がんリスクが高い状態になり、更に刺激が加わると胃がんが発生すると考えられています。胃粘膜でのDNAメチル化レベルを用いて、胃がんのリスク診断を行う研究もすすめられています。

Additional Information(国立がん研究センター研究所エピゲノム解析分野)
http://www.ncc.go.jp/jp/nccri/divisions/14carc/14carc04_1.html

食道がん

タバコを長期にわたって続けると、食道の上皮にDNAメチル化異常や突然変異が誘発されます。DNAメチル化異常や突然変異が蓄積すると発がんリスクが高い状態になり、食道がんが発生すると考えられています。食道でのDNAメチル化レベルを用いて、食道がんのリスク診断を行う研究もすすめられています。

Additional Information(国立がん研究センター研究所エピゲノム解析分野)
http://www.ncc.go.jp/jp/nccri/divisions/14carc/14carc04_2.html

血液のがん

血液のがんに対して、がん細胞のエピジェネティックな異常を元に戻して遺伝子のはたらきを回復させる薬が米国FDAで認可され、治療効果をあげています。日本でも骨髄異形成症候群の治療薬「アザシチジン(製品名ビダーザ)」と皮膚T細胞性リンパ腫の治療薬「ボリノスタット(製品名ゾリンザ)」が2011年に承認され、治療に使われています。これらの薬はそれぞれ、DNAメチル化異常を元に戻したり、ヒストン蛋白質のアセチル化を元に戻したりする機能をもちます。